つくばエクスプレス沿線情報誌 [トレイール]

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vol.1

 千住に伝わる一本の松の物語。この話の舞台は、江戸時代の始めの頃。水戸と江戸を結ぶ「水戸街道」の西端にあったこの街が「千住宿」と呼ばれ栄えていた時代に遡ります。物語の要となる松の木は、北千住駅から歩いて10分ほど、かつての水戸街道沿いに建つ「清亮寺」にありました。

 水戸藩主・徳川光圀公の行列が水戸を出発して江戸を目指し、まもなく「千住宿」に入ろうかという時のこと。
一行は突然、清亮寺の前で足を止めました。
寺の門前にあったのは、一本の松の木。

千住に語り継がれる伝説
徳川光圀公と「槍かけ松」の物語

2メートルほどの高さで幹がぐにゃりと屈曲し、地と平行に伸びた幹が街道の上に覆いかぶさっていたのです。困ったのは行列の槍持たちでした。槍持は、どんなことがあっても槍を傾けたり倒したりすることは許されません。しかし、槍を倒さずには横に伸びた松の木にぶつかってしまい、前に進むことができないのです。行列の邪魔だとして切り倒されそうになる松。千住宿の人々は不安げにその様子を見つめていました。すると、光圀公は突然一行に休憩の命令を出し、横に伸びた松の幹に槍を立てかけさせたのです。この松の風雅な姿に感服し、切り倒すことを惜しんだ光圀公の粋な計らいでした。槍が立てかけられた立派な松を眺めながら皆で茶をすすり、足を休めた一行は、松の向こう側へ回って槍を手に取り、再び歩き始めたと伝えられています。

 「槍かけ松」にまつわるこうした伝説は、真偽のほどはさておき、今尚この地に親しまれ語り継がれています。残念ながら「槍かけ松」は樹齢約350年を数えた昭和20年頃に枯れ朽ち、今ではその姿を見ることはできません。しかし、北千住駅周辺には「千住宿」の名残が今も色濃く残っています。駅の西側を走る「宿場通り」には、伝説にちなんで「槍かけだんご」を販売する団子屋「かどや」があるほか、清亮寺では「槍かけ松の記念碑」に当時の松の写真を見ることもできます。北千住駅周辺を散策して、江戸の賑わいに想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

北千住駅下車清亮寺「槍かけの松の記念碑」

住所 東京都足立区日ノ出町42-1
交通 TX「北千住駅」下車徒歩約10分